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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1369号 判決

昭和四七年(ネ)第六四三号控訴人

昭和四七年(ネ)第一、三六九号被附帯控訴人

第一審原告

福元裕

右訴訟代理人

大橋光雄

外一名

昭和四七年(ネ)第六四三号被控訴人

昭和四七年(ネ)第一、三六九号附帯控訴人

第一審被告

有限会社 第一開発

右代表者

小出実

昭和四七年(ネ)第六四三号被控訴人

昭和四七年(ネ)第一、三六九号附帯控訴人

第一審被告

小出実

右両名訴訟代理人

石塚文彦

主文

一、第一審原告の控訴を棄却する。

二、原判決中第一審被告有限会社第一開発に対し原判決添付目録記載の建物付設の屎尿浄化槽の収去を命じた部分を取消す。

右取消部分にかかる第一審原告の請求を棄却する。

第一審被告等のその余の附帯控訴を棄却する。

三、第一審原告と第一審被告等との間に生じた訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを参分し、その弐を第一審原告の、その余を第一審被告等の負担とする。

四、原判決中第一審原告勝訴部分(但し、原判決添付目録記載の建物付設の屎尿浄化槽の収去を命ずる部分を除く。)は、第一審原告において仮に執行することができる。

事実

昭和四七年(ネ)第六四三号事件につき、第一審原告代理人は、「(一)原判決中第一審原告敗訴部分を取消す。(二)第一審被告らは第一審原告に対し更に金五一三万四、四〇〇円およびこれに対する昭和四六年二月九日以降右完済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との旨の判決並びに右(二)の部分および原判決中第一審原告勝訴部分につき仮執行の宣言を求め、第一審被告ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

昭和四七年(ネ)第一、三六九号事件につき、第一審被告ら代理人は「原判決中第一審被告ら敗訴部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との旨の判決を求め、第一審原告代理人は、附帯控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述および証拠の提出、援用、認否は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりである。

第一審原告代理人は、

1、第一審被告会社所有にかかる原判決添付目録記載の本件共同住宅は、建築基準法第六条の規定による確認を受けていない違法建築であるのみならず、次の点においても同法に違反している。

(イ)  建蔽率違反

本件共同住宅の敷地である東京都大田区山王五丁目一、六一一番五宅地111.84平方米(以下第一審被告会社所有地という。)は、住居専用地区、第九種空地地区に属し、同土地上に建築される建築物の建蔽率は、敷地面積から三〇平方米を控除したものの七〇パーセント、または敷地面積の五〇パーセントのいずれか厳しい方であるから、右土地上に建築できる建物の床面積は55.92平方米に制限されているにもかかわらず、本件共同住宅の床面積は68.97平方米であつて、許容限度を13.05平方米超過している。

(ロ)  高度制限違反

第一審被告会社所有地は、都市計画法による高度地区に属し、そこに建築される建築物の高さには制限があるところ、右制限については、建築物の敷地の北側斜線制限が、(1)本件共同住宅が建築された昭和四二年一二月当時においては、北側境界線から立上り六米勾配二分の一と定められていたが、その後昭和四三年二月一四日建設省告示第一七三号によつて、(2)立上り四米、勾配一分の1.25に改められ、更に昭和四五年法律第一〇九号による建築基準法の改正によつて、(3)立上り五米、勾配一分の1.25に改められた。本件共同住宅は後記2で述べるように盛土の上に建築されたものであり、右北側斜線制限は盛土前の旧地盤の表面を基準とすべきであるから、右建物は上記(1)の制限に違反するものであるのみならず、上述したとおり建築に際して建築基準法第六条所定の確認を受けていないものであるから、右昭和四三年二月一四日現在において法的にはまだ完成した建物ということができないことおよび右建物が北側斜線制限に違反しないかどうかは、本訴訟の口頭弁論終結時の状態において判断すべきものであることをも考慮すると、本件アパートは上記(2)に定める高度制限にも違反しているものというべできある。

2  第一審原告所有地と第一審被告会社所有地は、元来殆んど同一の高さであつたが、第一審被告会社は本件共同住宅を建築するに当り、敷地地盤の凸凹を整地するに必要な程度を超えて平均一米二〇糎もの高さに盛土工事を施行したが、右盛土工事は違法というべきである。

3  第一審被告会社による右のような違法な盛土工事および建築基準法違反の本件共同住宅の建築によつて、第一審原告所有地は、その日照、通風が阻害され、その価格が下落した結果、第一審原告は原審において主張したとおり、金三四三万四、四〇〇円相当の損害を被つたが、仮に右損害が認められないとしても、第一審原告所有地の日照を改善してその利用価格を回復するためには、これに盛土工事をした上で同土地上にある第一審原告所有建物の嵩上げをする必要があるところ、右盛土工事のためには金九二万九、〇〇〇円、建物嵩上げ工事のためには金一一二万一、〇〇〇円の費用を要するから、第一審原告は少くとも右費用合計金二〇五万円相当の損害を被つたものというべきである、

と述べ、〈中略〉

第一審被告ら代理人は

1、本件共同住宅の建築について、建築基準法第六条の規定による確認が受けられていないこと、第一審原告主張のような建築基準法所定の建蔽率の違反があること、および第一審被告会社所有地が都市計画法による高度地区に属し、そこに建築される建築物につき、第一審原告主張のとおりの高度制限があり、右制限が第一審原告主張のとおり逐次改正されたことは認める。然しながら、本件共同住宅は、昭和四二年一二月当時には既に建物として完成していたのであつて、その当時の高度制限には違反していなかつたのであるから、たとえその後の改正による高度制限には適合しないこととなつたとしても、本件共同住宅をもつて高度制限違反の建物ということはできない。

2、第一審被告会社が第一審被告会社所有地に盛土をしたことは認めるが、その盛土の高さが一米二〇糎であつたこと、第一審原告所有地と第一審被告会社所有地が当初殆んど同一の高さであつたことはいずれも否認する。第一審被告会社所有地はもともと少くとも約三〇糎第一審原告所有地よりも高かつたものである。

3、第一審原告の上記3の主張は争う、

と述べ、〈中略〉

理由

当裁判所は、当審における新たな弁論および証拠調の結果を斟酌しても、第一審原告の本訴請求は、原判決が認容した限度(但し、本件共同住宅に付設された屎尿浄化槽の収去を命ずる部分を除く。)においては正当であるが、その余は失当として棄却すべきものと判断するものであつて、その理由は原判決の理由説明(但し、上記屎尿浄化槽に関する部分を除く。)と同一であるから、右理由説明を引用するほか、以下の説明を付加する。

(一) 〈証拠〉によれば、本件共同住宅に付設された屎尿浄化槽は、第一審原告所有地と第一審被告会社所有地との境界線から一米未満の位置に設置されていることが認められる。ところで第一審原告主張にかかる民法第二三七条の規定は、土砂の崩壊や水や汚液の滲出によつて隣地に損害を及ぼす虞のある物件を境界線に接近して設置することを禁じたものと解すべきところ、屎尿浄化槽は、通常法令に基いて一定の構造を備え、汚液等の滲出の虞のないように設計されているものであることは当裁判所に顕著なところであるから、屎尿浄化槽を直ちに右民法の規定にいう肥料溜、厠抗等と同一視することは相当でないと解すべきところ、本件共同住宅は建築基準法第六条の確認を受けることなく建築されたいわゆる無許可建築であるため、本件の浄化槽も、それが法令の規定に適合するものであることの保証はないが、原審証人富田守の証言によれば、同証人は、第一審原告の申告に基き、東京都職員として職務上本件浄化槽につき立入検査を行つた結果本件浄化槽からの汚液滲出の事実のないことが判明したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。従つて本件浄化槽に他になにらかの欠陥があることについて特段の主張立証がない以上、これが民法の上記規定にいう肥料溜等に当るとして、その収去を求める第一審原告の請求は理由がないというべきである。

(二) 本件共同住宅が、建染基準法第六条の規定による建築主事の確認を受けないで建築されたいわゆる無許可建築物であること、本件共同住宅の床面積が68.97平方米であつて、建築基準法所定の建蔽率による床面積の許容限度である55.92平方米を13.05平方米(四坪弱)超過していることは、当事者間に争いがなく〈証拠〉を総合すれば、第一審被告会社は本件共同住宅の敷地であるその所有地に第一原告審所有の土地、建物の日照や通風に及ぼす影響につきさしたる考慮を払うことなく、九〇糎前後の盛土をしたため、第一審被告会社所有地は第一審原告所有地より約一米二〇糎高くなつたこと、この盛土工事の結果、地下に滲透した雨水が第一審原告方庭先にあたる第一審原告所有地と第一審被告会社所有地との境界線上に建設されたブロック塀に滲出し、よつて生じた滲み跡が第一審原告方から見て右ブロック塀の美観を害していること、(盛土工事をするに当り、別に土留工事をすることなく、右ブロック塀を直接に土留に利用したことによつて雨水の滲出が生じたものと推測される)、本件共同住宅が民法第二三四条第一項の規定に違反して第一審原告所有地と第一審被告会社所有地との境界線に近接して建築されたこと、その結果、本件共同住宅から第一審原告方を容易に観望することができることとなり、大雨の際には本件共同住宅の屋根から第一審原告所有地に雨水が直接注瀉するおそれを生じ、また、本件共同住宅の居住者が投棄する煙草の吸穀等が第一審原告方庭先に落下すること、これらの事情が本件共同住宅の建築によつて生じた第一審原告所有の土地、建物に対する日照、通風の阻害と相俟つて、第一審原告に精神上少からざる苦痛を与えていることが認められる。本件共同住宅の建築によつて生じた第一審原告所有の土地、建物に対する日照、通風の阻害は、当審における検証の結果に照らしても、そのこと自体としては社会通念上未だもつて、受忍の限度を越える程の著しいものとはいうことができないけれども、以上に認定した諸事情と相俟つて、本件共同住宅の建築は、全体として、第一審原告所有の土地、建物の使用を妨害するものとして、また、第一審原告の生活上の利益を侵害するものとして、第一審原告に対する関係において違法性を帯有するに至つたものというべく、第一審被告会社およびその経営者である第一審被告小出実は、第一審原告に対し連帯して損害賠償の義務を負うものといわなければならない。而して、第一審原告が被つた精神上の苦痛に対する慰藉料は、当裁判所も、原判決が認容したのと同額の金三〇万円をもつて相当と判断する。

(三)  第一審原告は、本件共同住宅は建築基準法の定める高度制限に違反する旨主張するところ、第一審被告会社所有地が都市計画法による高度地区に属し、右土地に建築される建築物について第一審原告主張のとおり高度制限があり、右制限が第一審原告主張のとおり逐次改正されたことは、当事者間に争いがない。ししながら、本件共同住宅が昭和四二年一二月に建築されたものであることは当事者間に争がなく、〈証拠〉によれば、本件共同住宅はその当時施行されていた建築物の高度制限(建築物の敷地の北側境界線から立上り六米、勾配二分の一とする北側斜線制限)には違反していないものと認められる。第一審原告は、本件共同住宅敷地のように、建築物を建築する際に盛土がなされた場合には、盛土がなされる前の旧地盤の表面を基準として高度制限に対する違反の有無を決定すべきである旨主張するけれども、建築主が建築物の高度制限を潜脱する目的で殊更に敷地の盛土をしたというような事実が認められる場合は格別、このような事実の認められない本件においては、盛土後の敷地の地表を基準として上記の高度制限を適用すべきものと解するのが相当である。また、第一審原告は、本件共同住宅は、その建築に際して建築基準法第六条所定の確認を受けていないので、建築物の敷地の北側斜線制限が立上り四米、勾配一分の1.25に改正された昭和四三年二月一四日当時、法的にはなお未完成の建物と同一視すべき旨および本件共同住宅が建築物の高度制限に違反するか否かは、本件訴訟の口頭弁論終結時の状態において判断すべき旨主張するけれども、いずれも合理的根拠を欠く独自の見解であつて、当裁判所の採用しないところである。従つて、本件共同住宅が、その建築された当時施行されていた高度制限に適合するものである以上、その後の改正にかかる高度制限には適合しないものとなつたとしても、本件共同住宅を高度制限違反の建築物とすることはできないものといわなければならない。

(四)  第一審原告は、更に、第一審被告会社が本件共同住宅の敷地にした盛土工事を違法であるとし、右盛土工事と建築基準法違反の本件共同住宅の建築によつて、第一審原告所有地はその日照、通風を阻害され、第一審原告は地価の下落による金三四三万四、四〇〇円相当の損害を被り、または少くとも第一審原告所有地の盛土工事および第一審原告所有建物の嵩上げに必要な費用合計金二〇五万円相当の損害を被つた旨主張する。

〈証拠〉を総合すれば、第一審原告所有地の南側に隣接する第一審被告会社所有地を含む分筆前の大田区山王四丁目一六一一番宅地一五三坪余の土地は、もと訴外津田達夫の所有であつて、同訴外人がそこに居住しており、この土地はその北側の第一審原告所有地との境界線附近において、二、三十糎程度第一審原告所有地より高くなつていたが、津田所有の建物は床面積三〇坪程度の木造平家建であつたため、この建物は第一審原告所有地の日照や通風の障害にはなつていなかつたこと、しかるに、昭和四二年六月頃、右土地は一六一一番五ないし八のそれぞれ三、四十坪程度の四筆の土地(同番五が本件第一審被告会社所有地である。)および同番一ないし四の狭小な四筆の土地(同五番と同番八の中間にある私道部分に該当する。)に細分され、津田所有の上記建物は取壊され、同番六および同番八の土地の上には、それぞれ二階建共同住宅が建築されたが、右同番八の土地に共同住宅が建築された際、建築主において相当程度の地盛をしたため、第一審被告会社においても、本件共同住宅を建築する際、日照通風の便宜を考慮して予めその所有地に地盤をし、同番八の土地の南側に隣接する一六一二番二の土地(農林中央金庫の寮の敷地となつていて、この周辺では地盤が最も高くなつている。)と略同一水準の高さとしたため、同番八の土地よりもやや高めとなり、第一審原告所有地とは一米二〇糎程度の高低差を生ずるに至つたが、第一審被告会社においては、右地盛工事をするに当つて、この工事が第一審原告所有地に及ぼす影響についてはさしたる考慮を払わなかつたこと、なお上記一六一二番二(農林中央金庫の寮の敷地)、一六一一番八、第一審被告会社所有地および第一審原告所有地の西側に接して南北に通じる道路(区道)は、緩から傾斜をなして南から北に向つて低くなつていて、第一審原告所有地は右道路と屡々同一平面となつていること、およそ以上の事実を認めることができる。

建物敷地の整地を行う際に排水等の必要のために地盤を道路面より高くすることは普通に行われていることであつて、第一審被告会社が本件共同住宅を建築するに当つて、敷地の地盛をしたことそれ自体を違法視することの不当であることは論を俟たないところであるのみならず、右に認定したように、第一審被告会社は、私道を距てて南側に位置する前記一六一一番八の土地に地盛がなされたため、これに対応して自己の所有地に地盛工事を行つたものであるから、右一六一一番八の土地と同一水準に達するまでの地盛を行うことは必要且つ相当であつたというべきであり、ただ第一審原告所有地に対する影響を考慮して地盛工事を右の限度に止めておくことが適当であつたと言い得るに止る。また、第一審被告会社がその所有地上に二階建建物を建築したことそれ自体を違法視すべき理由がないことも勿論である。されば、第一審被告会社が本件共同住宅を建築したことによつて、前記津田達夫所有の平家建住宅が存在した当時に比較して第一審原告所有地の日照や通風が妨げられる結果となつたばかりでなく、本件共同住宅が第一審原告住居の南面に近接して大きく立ちはだかるような形となつて圧迫感を与え、ために第一審原告方住居における生活環境が悪化したことは、当審における検証の結果に照しても否み難いところであるけれども、第一審被告会社がした地盛工事ないし本件共同住宅の建築それ自体を目して直ちにこれを違法な行為とすることはできず、さきにも説明した通り、本件共同住宅がいわゆる無許可建築であること、建蔽率の違反があること、民法相隣関係の規定の違反があること(もしこれらの違反がなければ、多くを期待することはできないが、第一審原告所有地に対する日照や通風の阻害も、ある程度緩和することができたものと推測される。)第一審被告会社が第一審原告所有地との境界に設置されたブロック塀を直接土留に利用したため、雨水の滲出によつて右ブロック塀の美観が損われたこと等と相俟つて本件共同住宅の建築が違法性を具備するに至つたと言い得るに過ぎないのであつて、違法性のよつて生ずる主たる原因は、建築法規や民法相隣関係の規定の違反にあるというべきである。

第一審原告は、第一審被告会社がした盛土工事および本件共同住宅の建築によつて、第一審原告所有地の日照や通風が阻害されたため、地価の下落が生じ、下落した価額相当の損害を被つたとしてこれが賠償を請求するのであるが、右価額についての立証があつたものとは言い得ないばかりでなく、このような請求自体、右盛土工事や本件共同住宅の建築がなされる以前の前記津田達夫所有の平家建建物のみが存在した当時と同一の状態の回復を請求することに外ならないのであつて、かかる請求は、いわゆる日照権の名において隣地所有者たる第一審被告会社に対し本件共同住宅の建築そのものを禁止するのに等しく、その不当なことは明らかというべきである。また、第一審原告は、予備的に、その所有地の日照の状態を改善してその利用価値を回復するためには、第一審原告所有地の盛土工事および第一審原告所有建物の嵩上げ工事を必要とするとして、これらの工事に要する費用額相当の損害を被つたとも主張するが、第一審原告が右損害の証明として援用する〈証拠〉によれば、右損害の額は、第一審原告所有地に高さ一米二〇糎に達するまでの盛土工事を行つて第一審被告会社所有地との高低差をなくし、第一審原告所有建物に一米五〇糎の嵩上工事をするのに必要な費用の合計として算定されていることが明らかである。即ち、右損害額は、第一審原告所有地と第一審被告会社所有地とは、もともと二、三〇糎の高低差があつたこと、および第一審被告会社が本件共同住宅を建築するに当つては、さきにも説明した通り、第一審被告会社所有地の南にある一六一一番の土地との関係上ある程度の盛土工事を行うことの必要性や妥当性を無視して、第一審原告所有地と第一審被告会社所有地との間に約一米二〇糎の高低差が生じたことをそのまま直ちに第一審被告会社のした違法な盛土工事の結果であるとする誤つた前提の下に計算されているのであつて、第一審原告の右予備的主張もまたそれ自体失当というべきである。

およそ日照や通風は、土地建物の利用価値の内容をなすものであつて、日照等の状態が良好を保つことは、土地建物の使用者にとつて欠くことのできない生活上の利益であり、これが違法に阻害されることは、もとより許されるべきではないが、違法性の有無は、日照等の阻害が土地建物の使用者にとつて受忍の限度を越えるかどうかというような主観的基準によるよりも、むしろ日照等阻害の原因をなす近隣の土地の使用者による土地使用の方法が権利の濫用に該るかどうかを基準とすべきであり、いわる日照権の保護が、ややもすれば一部少数の土地建物の使用者の既得の地位に過当な保護を与えて既得権の主張を正当化することとなり、このことが延いては都市における土地の高度利用を妨げる要因とな、一部少数の人々の利益のために、直接または間接に他の多数の人々から土地利用の機会を奪う結果となることを保し難いのであつて、いわゆる日照権の主張それ自体が却つて権利の濫用となる場合のあることを看過することを看過することができないのである。しかして、ある土地の上になされた建築が近隣の他の土地の日照、通風の阻害に原因を与えている場合に、当該建築物を建築することが土地使用の方法として権利の濫用に該るかどうかは、当該建築が建築基準法、都市計画法等の土地利用に関する行政法規および民法中の相隣関係の規定に違反することがないかどうかに判断の主たる基準を置くのが相当であつて(けだし、民法中の相隣関係の規定のみならず、上記のような行攻法規も、直接または間接に良好な生活環境の保全をその目的の一つとしているものということができるからである。)日照、通風の阻害を受ける人々の側における個人的事情(例えば本件第一審原告夫妻がともに音楽教師であり、音楽専問家であつて繊細な神経の持主であるというような事情はこれに当る。)や感情に重きを置くべきではないのである。

いまこれを本件について見るに、〈証拠〉によれば、第一審原告所有地は五七坪余、第一審被告会社所有地は三三坪余であるのをはじめとして、近隣の土地は、その大部分がいずれも余裕に乏しい住宅地であることが明らかである。これらの住宅地の使用者が各自その土地上に建築をすることとなれば、日照や通風等の関係において相互に加害者であるのと同時に被害者たり得る関係に立つこととなるのは自明の理であつて、各自は相互にその土地使用権の行使を抑制すると同時に、また日照、通風等の生活上の利益の主張をも抑制すべき義務を負うものといわなければならない。しかしてこのような権利行使や権利主張の限界は、当該関係者の個人的事情等の主観的基準によるのではなく、問題の建築をすることによる土地使用の方法が、建築基準法等の行政法規や民法中の相隣関係規定に適合しているかどうかに判断の主たる基準を置いて決定すべきものとするのが当裁判所の見解とするところであつて、当裁判所は、右の見解に基き、第一審原告の本件損害賠償の請求は、さきに説明したように、慰藉料金三〇万円の支払を求める限度においては正当であるが、その余は、第一審原告がブロック塀の上に木製目隠用の塀を設置することを余儀なくされたことによる損害金三万九〇八〇円および受任弁護士に支払を約した金二〇万円を除き、すべて失当としてこれを棄却すべきものと判断する。

当裁判所の判断は、以上に説明した通りであつて第一審原告の控訴はすべてその理由がないので、民事訴訟法第三八四条第一項の規定によつてこれを棄却し、原判決中当裁判所の判断と異る部分は、同法第三八六条の規定によつてこれを取消し、第一審被告等の附帯控訴のうち右取消にかかる以外の部分は、同法第三八四条第一項の規定によつてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第九二条本文および第九三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定を適用し、主文のとおり判決する。

(平賀健太 安達昌彦 後藤文彦)

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